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カテゴリ:pre_story( 7 )
【プレストーリー】@タカシのこと/2   TEXT BY 大九明子
d0111057_21163260.jpgその朝、森林資源開発研究所の室長・田中は、洋服だんすの鏡の前で、ネクタイを選びながら考えていた。
―今日の報告会、どうにか結果を出さなくては……。

「―大野先生、言ってくれなきゃわかりませんよ」
2ヶ月前のある日。田中は苛立ちを隠せないでいた。
「先生、緑色ELが足りないって、なぜすぐ報告してくれなかったんですか。
…もう間に合わないかもしれない」
大野タカシの返事を待たず、田中は森林資源開発研究所をあとにした。
―まったく研究者ってのは欲がないというか覇気がないというか…。結果出さないと来年の予算が下りないってのに。研究続けられなくなってもいいのか!

田中が愚痴るのも無理はない。だいたい、最近の大野タカシは様子がおかしいのだ。
携帯電話をかけてみては首をかしげ、植物育成室にこもって手を頭の後ろに組んだまま、ぼーっとしては首をかしげ…。
「わからないなあ…」
天才型の大野タカシの口から、そんな情けない言葉がよく飛び出すようになったのだ。

―いいじゃないですか、大野先生、分からないことの一つや二つ、誰にだってあるもんですよ。よござんすよござんす、今回はそこそこやってもらえれば予算が下りるよう、私が上に、シュッと話を通して参ります、先生、好きなだけ悩んで下さい!

田中は愚痴りながらも、研究者達を愛しているのだ! 熱い思いを胸に、上司への嘆願に向かった。
が、結局、報告会では研究結果を提示することにシュッと決まってしまったのだが…。

「あなた、今日はこれをつけてください」
後ろから妻が、にっこりと緑色のネクタイを差し出した。
「…これ…今日のために…? ありがとう」
進み出てネクタイを巻いてくれる妻を笑顔で見つめながら、ふと田中は聞いてみた。
「…なあ、研究所で育てた花をニヤニヤ持って帰ったり、マンションの間取り図をニヤニヤ眺めたりしてた先生が、急に憮然と首かしげてばかりいるのってさあ…」
「失恋?」
「失恋!? ないない、ないよあの人に恋だの愛だのは」
妻の指摘を一笑に付した田中は、コートを羽織りながら続けた。
「ま、フツーならそうだろうけどね、フツーじゃないからね先生は…」
結局何だったのだろう、まあいいや、研究結果見せる装置も出来上がったし、あとは粛々と報告会に臨むのみ、大野先生もさすがに今日は張り切ってやって来ることだろう。
「行ってきます!」
妻のにっこり顔に見送られながら、田中は意気揚々とバス停へ向かった。
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by koisurumadori | 2007-08-15 11:24 | pre_story | Comments(0)
【プレストーリー】アツコのこと/2   TEXT BY 大九明子
d0111057_16123450.jpg「♪我が恋は 細谷川の丸木橋
 渡るに恐し 渡らねば
 想うお方に 逢われない
 アーレコリャコリャ♪」

メゾン目黒川304号室の窓から、目黒川を見下ろしながら、元芸者の野田きつこは口ずさんでいた。
ここに住んで20年。
春の引越しは珍しくないが、この寒い時期に出て行く者はそういない。
東京の夢に破れて故郷に帰るか。
家業を継ぐため実家に呼び戻されたか。
あるいは、恋。

野田にいわせれば、世の中は辛いことと恋で出来ているらしい。
だからこそ工夫を凝らして人生を楽しむのだと。

恋が成就して男のもとに嫁ぐのか、
恋に疲れて住まいを変えるのか―。
「あの人は、どっちだろうねえ」

視線の先に、隣の303号室に住んでいた女。
白い花の咲く鉢を大事そうに抱えてマンション前に佇み、
意志の強そうな視線を通りに送っている。
やがてサッと片手を上げてタクシーを止めた。

―どこで会っても必ず明るくにっこり挨拶して来る、良く出来たお嬢さん。
朝早くにスカッとしたスーツ姿で颯爽と仕事に出かけて行く時も、
疲れた足取りで階段を昇ってきた時も、
恋人と肩を並べて目黒川沿いを散歩している時も。
顔をあわせると、器用に笑顔を纏うけど……。

「辛いねえ、女は。はぁあ~♪」

ため息ついでに一節はじめた野田に気付いて、女は顔を上げた。
そこにはもう、隙のない笑顔が広がっていた。
ペコリと頭を下げ、明るくこちらに向かって手を振ってから、女はタクシーに乗った。
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by koisurumadori | 2007-08-13 10:00 | pre_story | Comments(0)
【プレストーリー】ユイのこと/2   TEXT BY 大九明子
d0111057_1619157.jpgある秋の日。渋谷の雑踏で信号待ちをしていたユイは、メールの着信音に、慌てて大きな荷物を足下に置いた。
ようやく上着のポケットから携帯電話を取り出し広げる。
「なぬ?」
文面を目にした途端、眉間にしわを寄せた。
その時信号が変わり人波が動き出したので、ユイはそれを避けるように道ばたに佇むと、慣れた指使いで返信を打ち始めた。

To サチ
Subject Re:ユイ、代返バレたよ。
…サチ~~~(┯_┯)
「代返しておくから行っておいで」ってサチが言うから、
今日の講義、気軽に休んだのにィ~~!
ま、サチのその声と話し方じゃ絶対バレるなあとは思ってたけどね…。
結局、白金の物件はあんまり良くなかったし。
カウンターが狭いって、お姉ちゃん言ってた。
当面は店員はお姉ちゃんと私だけなんだから、
私はあのくらいあれば十分だと思うんだけどね…。
今から学校行くので、続きは後で詳しく話


「うぃ~~~っす、ど~も、うぃ~~~っす」
必要以上に黒い顔の少年が二人、無遠慮にユイに声をかけてきた。
「違います、違います違います」
会話にならない言葉を返し、ユイは彼らに背を向けた。
勝手の違う相手と諦めたか、少年達が去って行くと、
ユイは低く「ふん」と鼻を鳴らし、メールの続きを打ち始めた。

すね。渋谷怖い。
そうです何を隠そう今私は渋谷にいるのです!
なぜ渋谷かといいますと…。
お姉ちゃんにさあ、カフェに置く椅子のデザイン頼まれてたって言ったっしょ、
もうすぐお姉ちゃんの誕生日だからさー、
その椅子のミニチュア作ってプレゼントしよっかなーと思って、
ハンズに素材を買いに来たのでした!
ラッピング用品も買ったさー。かわいいよ~。
YUI☆彡


送信ボタンを押して、携帯をポケットに滑り込ませると、
ユイは足下の荷物を持ち上げて歩き出した。
「あ、すいません…すいません…あ、ごめんなさい」
駅が近付くと人の量もいっそう増す。
大きな荷物を持ったユイは人にぶつからずには三歩と進めない。
押し寄せる人波にヘドモドと揉まれていると再びメールが鳴った。
荷物を抱えたまま何とかポケットに手を突っ込むと、ユイは携帯を広げた。

To ユイ
Subject Re:Re:ユイ、代返バレたよ。
私の声と話し方だとどうして絶対バレるのですか。
渋谷怖い、同感。ハンズなら傘の取っ手買って来て。折れちゃった。


「…なぬ」
ユイはくるりと向きを変え、駅に背を向けると、再び渋谷の奥深くへと押し進むのであった…。
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by koisurumadori | 2007-08-08 10:00 | pre_story | Comments(2)
【プレストーリー】タカシのこと   TEXT BY 大九明子
d0111057_1771559.jpg広葉樹は色が好き。
針葉樹はにおいが好き。

タカシに嫌いな物はない。
苦手な物なら山ほどあるが。

お父さんも好き。お母さんも好き。妹も好き。じいちゃんばあちゃんも好き。
山にいるのが好き。木を見るのが好き。木を触るのが好き。木のデッサンを描くのが好き木の勉強をするのが好き世界の針葉樹広葉樹を地域別に覚えて友達に自慢するのが好き。

彼の職場の人間は言った。
「大野先生、好きなこと職業にして幸せですね」
タカシもその通りだと思っていた。

ある日、苦手な物の一つを、タカシは好きになった。

その女はわかりやすく思えた。
あなたのお父さんも好き。あなたのお母さんも好き。あなたの妹も好き。あなたのじいちゃんばあちゃんも好き。
あなたと山にいるのが好き。あなたと木を見るのが好き。あなたと木を触るのが好き。あなたの木のデッサンを見るのが好き木の勉強をするあなたの姿が好き世界の針葉樹広葉樹を地域別に覚えて私に自慢するあなたが好き。

苦手なはずだったものを、この世で一番好きになった。
山よりも木よりも。

だけどうっかり、タカシはその思いを彼女に伝え忘れていた。
冬が嫌いなその女のために、冬花の鉢のプレゼントはしたのだが。

一緒に住むのは、ちょうどいいはずだった。
ちょうどいい空き部屋、ちょうどいい二人、ちょうどいいソファ。
好きな物と一緒の暮らし。

「―大野先生、言ってくれなきゃわかりませんよ」
タカシは我に返って男を見上げた。
「先生、緑色ELが足りないって、なぜすぐ報告してくれなかったんですか。
・・・もう間に合わないかもしれない」
何気ない愚痴は、えてして真理を語っているものです。

「トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・」
冬。女はなぜか電話に出ない。
―どうしよう、もう彼女の嫌いな陽の薄い季節だというのに・・・。
彼女は大丈夫だろうか。

「わからないなあ・・・」
わからないことは、かなり苦手。
わからないので、タカシは待つことにした。
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by koisurumadori | 2007-07-26 17:07 | pre_story | Comments(0)
【プレストーリー】アツコのこと   TEXT BY 大九明子
d0111057_2232387.jpgいつ無くなってもいいと思えるもの以外、
手元に置いておけない。
いつか無くなるかもと不安になるものは、
手元に置かない。
大事なものは、少ない方がいい。

アツコは全てを持っているはずだった。
一級建築士の肩書き。
若さ。
恋人。

でも実は、アツコはこれらのものを実感できたことが一度もなかった。
お気に入りの和菓子が、ほおばった途端消えてしまうのと何ら変わらない。

スーツ。
手作りの家具。
陶磁器の猫。
それくらいで十分だった。それ以上、持っていられない。

アツコは、鉢植えが心配で仕方がない。
枯れるんじゃないだろうか。枯れるんじゃないだろうか。

アツコは仕事が不安で仕方がない。
無くなるんじゃないだろうか。無くなるんじゃないだろうか。

アツコは、二十歳を超えたくらいからいつも、年を取りすぎてしまったとあせってあせって仕方がない。
もう無理なんじゃないだろうか。もう無理なんじゃないだろうか。

色んな不安を払拭する方法を、アツコは二つだけ知っていた。
その1。自分の中の目盛りを増やすこと。
その2。それでも溢れてしまうものは、捨ててしまうこと。

『カッコウ、カッコウ……』
アツコの携帯の着メロが鳴った。

アツコはまた、ニッコリと微笑みながら、溢れてしまった何かを捨てることにした。
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by koisurumadori | 2007-07-18 23:25 | pre_story | Comments(1)
【プレストーリー】ユイのこと   TEXT BY 大九明子
d0111057_1383025.jpg明日、引越し。
私、ホントは一人暮らしがしたかったわけじゃなかった。
お姉ちゃんと2人、それが当たり前だったから。


【6ヶ月前―】
お姉ちゃん、カフェの外にも、椅子を置こうね。
椅子の背もたれにブランケットを用意して。
夏涼しく冬あったか。
お姉ちゃんのカフェオープンまでには、すっごいカッコイイ椅子デザインするからね、私。

【4ヶ月前―】
お姉ちゃん、いよいよカフェオープンの準備で忙しくなって来たのかな。
私が大学に行く時間、たいていお姉ちゃんまだ寝てるから、なかなか話が出来ないけど。
誕生日、期待しててね。私、お姉ちゃんが絶対喜んでくれるプレゼント用意してるから。


なのに今―何故か私は、全くはかどらない荷造りの最中。
お姉ちゃん。
あなたはいつからそんなにカッコわるくなったのですか?
おかげで私は、初めての一人暮らしをすることになります。
明日引越しなのにぜんぜん片付いてないけど。
何からやっていいかぜんぜんわかんないけど。
意外に靴の数が多くて我ながらびっくりしてるけど。
私、恋愛なんかに人生を左右されるカッコわるいヒトには、ぜったいなりませんから。

私、ホントは一人暮らしがしたかったわけじゃなかった。
だけど今、ちょっとだけ楽しみ。
ちょっとだけ、お姉ちゃんに感謝。
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by koisurumadori | 2007-07-02 16:12 | pre_story | Comments(3)
【プレストーリー】プレストーリーが到着!
大九明子監督書き下ろし、「恋するマドリ」プレストーリー掲載決定!
恋するマドリの世界がより深く分かるコンテンツです!

映画がはじまる少し前。
ユイのココロの話から、6バージョンのお話をUP予定です!
お楽しみに。
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by koisurumadori | 2007-07-02 16:11 | pre_story | Comments(0)


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