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その朝、森林資源開発研究所の室長・田中は、洋服だんすの鏡の前で、ネクタイを選びながら考えていた。
―今日の報告会、どうにか結果を出さなくては……。 「―大野先生、言ってくれなきゃわかりませんよ」 2ヶ月前のある日。田中は苛立ちを隠せないでいた。 「先生、緑色ELが足りないって、なぜすぐ報告してくれなかったんですか。 …もう間に合わないかもしれない」 大野タカシの返事を待たず、田中は森林資源開発研究所をあとにした。 ―まったく研究者ってのは欲がないというか覇気がないというか…。結果出さないと来年の予算が下りないってのに。研究続けられなくなってもいいのか! 田中が愚痴るのも無理はない。だいたい、最近の大野タカシは様子がおかしいのだ。 携帯電話をかけてみては首をかしげ、植物育成室にこもって手を頭の後ろに組んだまま、ぼーっとしては首をかしげ…。 「わからないなあ…」 天才型の大野タカシの口から、そんな情けない言葉がよく飛び出すようになったのだ。 ―いいじゃないですか、大野先生、分からないことの一つや二つ、誰にだってあるもんですよ。よござんすよござんす、今回はそこそこやってもらえれば予算が下りるよう、私が上に、シュッと話を通して参ります、先生、好きなだけ悩んで下さい! 田中は愚痴りながらも、研究者達を愛しているのだ! 熱い思いを胸に、上司への嘆願に向かった。 が、結局、報告会では研究結果を提示することにシュッと決まってしまったのだが…。 「あなた、今日はこれをつけてください」 後ろから妻が、にっこりと緑色のネクタイを差し出した。 「…これ…今日のために…? ありがとう」 進み出てネクタイを巻いてくれる妻を笑顔で見つめながら、ふと田中は聞いてみた。 「…なあ、研究所で育てた花をニヤニヤ持って帰ったり、マンションの間取り図をニヤニヤ眺めたりしてた先生が、急に憮然と首かしげてばかりいるのってさあ…」 「失恋?」 「失恋!? ないない、ないよあの人に恋だの愛だのは」 妻の指摘を一笑に付した田中は、コートを羽織りながら続けた。 「ま、フツーならそうだろうけどね、フツーじゃないからね先生は…」 結局何だったのだろう、まあいいや、研究結果見せる装置も出来上がったし、あとは粛々と報告会に臨むのみ、大野先生もさすがに今日は張り切ってやって来ることだろう。 「行ってきます!」 妻のにっこり顔に見送られながら、田中は意気揚々とバス停へ向かった。
by koisurumadori
| 2007-08-15 11:24
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