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【プレストーリー】アツコのこと/2   TEXT BY 大九明子
【プレストーリー】アツコのこと/2   TEXT BY 大九明子_d0111057_16123450.jpg「♪我が恋は 細谷川の丸木橋
 渡るに恐し 渡らねば
 想うお方に 逢われない
 アーレコリャコリャ♪」

メゾン目黒川304号室の窓から、目黒川を見下ろしながら、元芸者の野田きつこは口ずさんでいた。
ここに住んで20年。
春の引越しは珍しくないが、この寒い時期に出て行く者はそういない。
東京の夢に破れて故郷に帰るか。
家業を継ぐため実家に呼び戻されたか。
あるいは、恋。

野田にいわせれば、世の中は辛いことと恋で出来ているらしい。
だからこそ工夫を凝らして人生を楽しむのだと。

恋が成就して男のもとに嫁ぐのか、
恋に疲れて住まいを変えるのか―。
「あの人は、どっちだろうねえ」

視線の先に、隣の303号室に住んでいた女。
白い花の咲く鉢を大事そうに抱えてマンション前に佇み、
意志の強そうな視線を通りに送っている。
やがてサッと片手を上げてタクシーを止めた。

―どこで会っても必ず明るくにっこり挨拶して来る、良く出来たお嬢さん。
朝早くにスカッとしたスーツ姿で颯爽と仕事に出かけて行く時も、
疲れた足取りで階段を昇ってきた時も、
恋人と肩を並べて目黒川沿いを散歩している時も。
顔をあわせると、器用に笑顔を纏うけど……。

「辛いねえ、女は。はぁあ~♪」

ため息ついでに一節はじめた野田に気付いて、女は顔を上げた。
そこにはもう、隙のない笑顔が広がっていた。
ペコリと頭を下げ、明るくこちらに向かって手を振ってから、女はタクシーに乗った。
by koisurumadori | 2007-08-13 10:00 | pre_story | Comments(0)
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